子供の年賀状が届く季節になってきました

不妊治療中の年賀状って、なんか

Modest-Life管理人のひなたです。

もう師走も10日以上が過ぎ、そろそろ本格的にジングルベルの鈴の音が似合う季節に、そして街自体がすこし浮かれているような雰囲気になってきましたね。

まあと言っても、私と妻は結婚する前でも結婚してからも

『クリスマスだっ!』

ということにそこまで執着しない2人ということもあって、プレゼントがどうだ!サプライズがどうだ!とお金をかけることはしない夫婦だったし、そこまで浮かれるってこともなく。

うん。

クリスマスに何をしてたっけかなぁ。。

わざわざ1時間くらいかけてドライブして有名なイルミネーションを見に行ったり、せっかくなら!とイブの日はケンタッキーのチキンに小僧寿しなんて買ってきて、当時は不妊治療をする前だったから陽気にワインなんかを飲んだり、ちょっとだけ自分にご褒美で何かを買ったり、クルマの中のBGMはマライアキャリーだったり。

ねえ。

そんなに、ねぇ。

(/・ω・)/

って。

めっちゃ浮かれてんなー、こりゃ。

( ̄▽ ̄;)オイ

胸にちくっと痛い年賀状

えぇと。

話は変わって年賀状。。。

むかーし、結婚した当初で友達に送る年賀状は『結婚しましたー』って書いたり、普通に『来年もよろしく』って書いてたり、どっちにしても夫婦2人の写真を印刷して送ってました。

その頃はまだ共通の友人たちも結婚してなかったし、例え結婚してても新婚だったからお互いの近況をワイワイと伝えあうための手段みたいな感じで年賀状のやりとりをしていたような気がします。だから、しばらくは自分たちが写ってる写真を印刷して出してたのが普通って感じで。

でも、そこから数年後。

結婚した友人や知り合い、、、そして後輩から受け取る年賀状には当然のように

『赤ちゃんが生まれましたー』

の言葉と共に可愛い赤ちゃんの写真が写っているようになった。まあ、まだ最初の頃はウチらもまだ違和感なんて感じるわけがないから、心から『良いなー♪』とか言ってた気がするんだ。

でも、自分たちが、そして自分が無精子症だと診断されて『自分たちに子供は出来ないかも、、、』そう思ってからは、毎年何か心につっかえるような感じで、年賀状を見るのが少しだけ、ほんの少しだけ心苦しい気持ちになってしまった時期もあったのは否定できない。

そして、その頃にはこちらから出す年賀状はデパートで印刷済みの年賀状を買って、空いてるスペースに何か一言を書いて、っていう感じになってたし。

それがどうだ、っていうわけじゃない。

ただ、たかだか年賀状のはずなのに、年始でとてもめでたい日のはずなのに、ほんの少しだけ寂しい気持ちになったことをこれからも毎年年末年始になるたびに思い出すだろうし、忘れることは無いんだろうなー、とも思う。

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~Modest Life~

今年の年賀状には

さっき、

『今年の年賀状、どうしようね?』

そんなことを妻から言われたからなのか、数年前から感じていたこんな感情がふと、蘇ってきた。

『どうしようねー。まだ考えてなかった』

そんな風に普通に返事を返しながらも、一瞬あんな感情を知っている自分が赤ちゃんの写真を載せた年賀状を作っていいのか?、、、なんてことを思って。

うん。でも。

たぶん、とか、おそらく、ではなくて確実に赤ちゃんの写真を載せた年賀状を作ることになるだろうと思う。

正直に言うと、実は

『年賀状を送るほど仲が良い関係で、結婚しているけど子供がいない友人』

というのが、自分の周りにはいない。

そう考えると、周囲の友人たちは私のことをどう思っていたんだろう、、、そして子供ができたことに対して、どう思うんだろう、、、?そんなことも少し頭をよぎってしまう。

最近、不妊治療を掲載した記事によくみかける

『6人に1人が不妊治療を受けている』

という言葉に対して『本当かよ!!』と少し怒りたくなる。世の中で6人に1人だとしても、その人にとってはかけがえのない『1』だからな!と。

違う、年賀状の話か。

正直、不妊治療をせず結婚してすぐに赤ちゃんが出来ていたとしたら、

『ほらーーー!ウチの子供は可愛いでしょ!!』

という親バカ自慢の年賀状を送りまくっていたんだろうなー、と思う。

ただ、どう後悔をしたりどう思われたとしても、事実ウチラ夫婦は10年間子供がおらず、突然子供ができた、ということになっているから、たぶん友人たちは薄々治療をしてできたことを感ずいているんだろうはずで。

そして、親も含めて少なからず心配をかけていたことも事実なはずで。

、、、たかだか年賀状のはずなんだけど、でも、自分にとってはほんの少しだけ『心配をかけ続けて申し訳なかったなあ』そんな気持ちが乗った年賀状になるんだろうな、と思う。

気を使っても使わなくても

年賀状。

当時から当然知ってた。

『子供ができたことを教えてくれても、教えてくれなくても、どっちも知ったときに寂しい感情になるんだよな』

って。

というのも、別に年賀状じゃなくとも『子供が生まれたよ』って伝えてくれる友人はいるし、それはとてもめでたいことにに感じる。逆に、連絡は取り合っていたのに、突然年賀状で子供が産まれたことを知る友人もいた。

、、、正直、どちらもとても嬉しいと思う反面、一瞬だけどこかで嫉妬なのかわからないような感情が出てきていた。

『いいよ、言わなくても』

という感情と

『なんで行ってくれないのさ』

という感情だ。

とんでもなくめんどく臭いことに、どっちも自分自身の感情なんだよなー、って思うと、ちょっと笑えてくる。どっちが『自分らしい』とか、『どっちの方が人間として高尚だ』とかそういうことではなくて、『どっちも同じ人間が感じる当然のことだなぁ』と思う。

嬉しさと寂しさが一緒になった複雑な感情だって、そういうものもあって当然だと思う。一瞬でも友人を妬ましく嫉妬深く思ってしまうこと、それが悪いわけがない。

そういう自分から人に見せたくない醜い感情もひっくるめて

『ああ、自分なんだな』

って思えるようになったら、ほんの少しだけ大人になったと言えるのかなぁ。

たかだか年賀状だけど、

されど年賀状。

だよね。

コメント

  1. 一児の母 より:

    またまたお久しぶりです。
    わかりますわかります、年賀状問題。
    結婚当初の何の疑いもなく「いずれはウチも☆」と思って子供写真オンリーの年賀状をほほえましいと思っていた時期を経て、年賀状で「生まれました☆」報告されるのを恐れていた数年間。。
    そして今は“そちら側”になりましたが、あの心のチクチクとした心の痛みを経験した者なのに、子供ができたからといってコロっと浮かれて子供写真ドーンの年賀状を送るのってどうなのよ・・・・って思ってしまって葛藤します。

    でも、不妊治療経験者なのに子供生まれた途端“そちら側”になってる友人、リアルで結構いるんですけどね(笑)
    ちょっとそれってどうなのよ。とは思います(笑)
    人のフリ見てーで私はそうはなるまい、とも思います。

    とはいえ、子供がいることを排除したような年賀状も逆に不自然かなーと思い、うちは去年も今年も私と夫と子供の3人が一緒に映った写真にしています。

    同じような事でいうとLINEなんかのアカウントの写真も子供にしてる人って多くないですか?そして気になりませんか??
    年賀状は年に1回届いてすぐにしまえば封印できますが、LINEアカウントにされてるともう避けようがないから年賀状以上にダメージ受けてました。
    だから私のアカウントの写真は今でも実家のペットの犬猫で固定です(笑)
    決して子供にはしないぞと誓っております。(こんなに可愛く大きくなってるのよ~と自慢したい気持ちも正直少しはありますがね!)

    • ひなた より:

      おっ!おひさです。
      いつもコメントありがとうござます。くぅ。嬉しいな。。。ほんとに。

      で、で。
      ほんといつも思うんですが、アナタはワタシですか、とww
      (失礼をばm(_ _)m)

      まだ年賀状に対する考えはともかく、LINEに対する考え方も一緒って少し怖いくらいで。ちなみに私のLINEの画像は趣味の一眼カメラで撮った夏真っ盛りのひまわりと青空の写真ですww

      なんというか『不妊治療をしたことが良かった』なんて口が裂けてもいえないけれど『子供がいてくれるだけのことが、どれほど幸せなことか』というものを身に心に刻めていることは、生きて普通に生活しているだけでもほんの少し『他人よりも幸せ』を感じることが出来てるのかなー、なんて。

      子供の年賀状ねー。
      私も気持ちは分かるんですけどね。

      なんか、あの気持ちは忘れちゃいけないのかな、って。
      ふーむ。

      また、お気軽にでも来てくださいねー。
      って、最近は自分も無理しない程度の更新になっちゃってますケド(-_-;)

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